埼玉県・川越駅近くの「ふじニコニコキッズ」は、保育園に併設の児童発達支援事業所。ここでは専門性のあるスタッフによる「普通の保育」が営まれています。
大きな特徴は、音楽を通じて子どもの体と心を育むこと。子どもたちのやりたい気持ちを引き出し、心と体をコントロールする術を学べるようにサポートしています。
丁寧な小集団での療育でさまざまな力を身につけ、地域の保育園・幼稚園や学校へと羽ばたいていってほしい。そう願う施設では、地域のなかで生きていくための根っこの部分を、大切に育んでいました。
2018年5月開所!プレ幼稚園のような児童発達支援事業所「ふじニコニコキッズ」
子どもたちが思い思いに園庭をかけ回る。園児たちの楽しそうな声が園庭に響き渡る。
そんな元気いっぱいの子どもたちが通う「ふじ保育園」は埼玉県川越市にあります。2018年5月10日、その園内に児童発達支援「ふじニコニコキッズ」がオープンしました。「保育」を中核に置いた児童発達支援事業所で、代表は全日本幼児教育連盟の会長を務めている、畠山國彦さんです。
ふじニコニコキッズの特色は、誰もが気軽に親しめる音楽を取り入れた療育で、楽しみながら、体のちからやソーシャルスキルを身につけることができること。ふじニコニコキッズでは、「やらさせるのではなく”やりたい”気持ちがあってこそ、子どもの力を伸ばすことができる」と考えています。
2018年6月現在、4人の子どもたちが利用しています。指導員1名に対して園児1~2人の支援体制で、細かいサポートが可能です。預かり時間は9時半から14時まで。小集団での療育を行います。1食370円でアレルギーに対応した手作り給食も食べられます。
ふじ保育園は、1990年に家庭保育室として保育業務を始めました。その後1992年10月にふじ保育センター・ふじ幼児学園が開かれ、現在は約150名の子どもたちが通っています。体育・音楽を通してたくましく心豊かに育てる音体教育が特徴です。保護者の就労の有無にかかわらず保育を提供したいと、開園以来ずっと認可外保育を貫いていると言います。
子どもたちの笑顔がキラキラ。ふじニコニコキッズの一日の“かつどう”
ふじニコニコキッズの一日は、あつまり→おんがく→さんぽ→きゅうしょく→じゆうあそび→あつまりの流れで進んでいきます。
朝の「あつまり」ではあいさつやペープサートを。自由遊びから集団療育への切り替えもスムーズに
朝10時、瞑想で一日が始まります。瞑想を終えると今度は一人ずつあいさつ。
「〇〇くん」「〇〇ちゃん」と先生が名前を呼ぶと、「はい!」と元気な返事が。そして、みんな一緒に「おはようございます!」。先生たちは子どもたち一人ひとりに「上手~!」と声をかけます。
あいさつに続いて、今日の日にちと天気の確認をすると…次はみんな大好き『ふうせんのうた』のペープサートが始まります。
色とりどりのペープサートが入った箱から「今日は何色が出るかな?」と先生。あ、黄色い風船が出た…!
黄色い風船 るるるー そっと風に上げたら ふわっふわー ふわっふわー 黄色いバナナになった
「ふうせん(うたってあそぼ)」(湯浅とんぼ/著、森川百合花/イラスト、アリス館/2003年刊行)
子どもたちは歌に合わせて、「ふわっふわー」のところでは手をヒラヒラ揺らします。
五感を使った「おんがく」で子どもたちのさまざまな力を養い、育てる
次は、子どもたちも大好きな「おんがく」の時間。ふじニコニコキッズでは、「おんがく」を通して、楽しむだけでなく、さまざまな動きができるよう自分の体をコントロールしたり、お友達と一緒に奏でたり、楽器を順番に演奏することで、人と一緒に行動する楽しさや大切さを自然と学んでいきます。
リズム遊び
ピアノの演奏に合わせて動き、演奏が止まると同時に止まるという動作を繰り返します。いつも歩いているスピードで歩いたり、ゾウさんの真似をしてのっそりと歩いたり、小走りしたり。どうやったら体をコントロールできるのかな?子どもたちはイキイキと体を動かしながら、自分の体を動かす術を見つけていきます。
リズム遊びでは、「演奏を注意深く聴く集中力、先生の動きをまねる観察力、自分で考えて動く表現力、さらに体を動かすことによる筋肉の成長など、多くの効果が期待できる」のだそう。
タンバリンと太鼓
リズム遊びの次は演奏の時間。ピアノの音に合わせてタンバリンと大太鼓を奏でます。子どもたちの大好きな大太鼓は「順番」に叩くことができます。自分の順番が来るのを待ち、”やりたい気持ちをコントロール”する。ふじニコニコキッズでこの力を養うことで、幼稚園や小学校生活にスムーズに移行できるよう考えられたプログラムです。
太鼓を叩く子どもたちの笑顔がなんとも印象的。太鼓、大好きなんだね!
友達と一緒ならたくさん歩ける!いっぱい食べられる!お散歩や給食で健やかな体をつくる
「おんがく」のあとは、お散歩の時間。園の周りは小川が流れ、いろいろな植物や生き物と出合えます。しっかりと歩くこと、新しい経験をすることもまた、ふじニコニコキッズは大切にしています。お散歩から戻るとおいしい給食の時間が待っています。
「おんがく」やお散歩で体をいっぱい使った後の、できたてのごはんは格別です。みんなで一緒にテーブルを囲めば、偏食がある子もおかずをパクパク。友達の力は大きいのです!
午後はそれぞれの子どもの力に合わせて、字を書く練習をしたり、お昼寝したりと、自由時間を過ごします。
先生たちの「できた~!」に子どもたちの笑顔がはじける
教室では、子どもをほめる先生たちの声がたくさん聞こえてきます。
片づけることができたら「よく片づけられたね!」
返事とあいさつができたら「上手~!」
太鼓が叩けたら「かっこいいね~!」
その子の目の前にすわって名前を呼び、両手を握ってほめます。子どもたちも大喜びで、可愛い笑顔がはじけます。
とはいえ、ふじニコニコキッズの先生たちはほめるだけではありません。自分で片づけるべきところは片づける、決まった時間にその行動を取るなど、集団生活で必要な自立心を培うトレーニングもバランス良く取れ入れています。
子どもたちが安心して過ごせる「構造化」を活用した教室
ふじニコニコキッズにのスタッフは、「TEACCH」を学んだ保育士などの専門性の高いスタッフが中心。一人ひとりの特性や課題に合わせて丁寧な療育を行います。また、音楽大学でも教鞭をとる藤井むつ子副園長が、スタッフの音楽指導にあたっています。
TEACCHはアメリカで生まれた、自閉症スペクトラム障害のある当事者の生活の質向上を目的としたプログラムです。生活の質を上げるために、当事者の家族、地域を含めた周りの環境を生涯にわたって整えていきます。ふじニコニコキッズでも、子どもたちが過ごしやすい環境となるよう、部屋づくりをはじめプログラムにTEACCHを取り入れています。
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ふじニコニコキッズの教室では、このTEACCHの「構造化」が活用されています。構造化にはイラストや写真を通してコミュニケーションを整える「視覚的構造化」と、活動と場所を結びつける「物理的構造化」の2つの手法があり、環境を整理することで子どもたちが理解しやすく、過ごしやすい工夫がされています。
例えば、イラスト入りの絵カードや、おもちゃの写真が貼られたカード、行動を表すカードなどがあり、なるべく子どもたちの力でコミュニケーションが完結できる仕組みになっています。また、「クールダウンする場所」「荷物を置く場所」「おもちゃを片付ける場所」が決まっていて、子どもたちはそれぞれの場所で休んだり整頓したりできます。給食のときには床にブルーシートを敷くことで、子どもたちが給食の時間を意識する仕組みになっています。
ふじニコニコキッズからふじ保育園への移行や併用も
ふじニコニコキッズからふじ保育園に移行することも、併用することもできます。
少人数での丁寧な小集団療育に慣れ、みんなで一緒に行動する、かんしゃくをコントロールできるなど、無理なく力をつけてから、保育園に移行できる体制が整っているのです。併用の場合は週3回はふじニコニコキッズに、週2回は保育園に通うなど、発達や成長に合わせて通園スタイルを自由自在に選べます。ふじ保育園は認可外保育園なので、柔軟な対応も可能なのだそう。
同じ施設内に児童発達支援施設と保育園があるので、移行・併用する場合も今までと同じ場所に通い、同じ給食を食べます。環境の変化に敏感な子どもにとって、最小限のストレスで移行・併用できるのは併設の長所です。
もちろん、地域の幼稚園とふじニコニコキッズを併用している子どももいます。
「幼児期にふじニコニコキッズで無理なく集団保育に慣れ、年中・年長さんで地域の保育園や幼稚園に移る。そうすると、地域の子どもたちと一緒に小学校に入学できる」と、ふじニコニコキッズの溝井さんは言います。「私自身、自閉症のある息子はふじ保育園卒園です。保育園の仲間たちが、小学校に入っても息子を理解してくれ、自然にサポートしてくれました。成人した今も、地域で生き生きと活動しています」
音楽は誰もが楽しめて心が一つになるツール。だからこそ療育に取り入れる
障害のある子どもが音楽に触れることにはどんなメリットがあるのか、ふじニコニコキッズの溝井さんに伺いました。
リトミックの意義とは
――障害がある子にとっての音楽教育やリトミックには、どんな良さがあると思いますか。
溝井さん「音楽って、人種も性別も年齢も関係ないじゃないですか。人類が太古の昔から、嬉しいことがあれば踊ったり歌ったりして心を一つにしてきたように。今日見ていても分かる通り、子どもたちは理屈なしに音楽を楽しめるんです。楽器が出てきた途端に、触りたい、鳴らしてみたいって」
子どもたちは音楽を通して、楽しみながら身体的・精神的なスキルを身につけることができます。みんなが気軽に触れられる音楽で生きていくのに大切な力を培えることは、障害がある子にとって大きな希望に。
これからの福祉で必要とされること
また、溝井さんはこれからの福祉についてこう話します。
溝井さん「これからの福祉って、押し付けられるものではなくなって、選んでいかなきゃいけない選択型になっていくと思うんです。「自己決定」という言葉があるように、「わたしはこれが好きです」って言えるものがないと、支援してもらいにくい時代になるんじゃないかな、と。
自閉症のある息子は、ふじ保育園時代に出合った太鼓を今も楽しんでいます。太鼓を通して地域交流活動に参加し、地域に根づいて生きています。そんな息子の姿を見て、音楽のように理解し合えるツールが一つでもあればいいなって思ったんですよね」
幼いころに出合った太鼓のおかげで、生活にメリハリがつき、公演に出たり、太鼓の腕を人からほめてもらうことで自己肯定感も向上しているそうです。
溝井さん「”音を楽しむ”という点で、技術は関係ありません。その場をみんなで共有して楽しむって、障害のあるないにかかわらず、すごく大切なことだと思うんです。それはこの先、生きがいや居場所につながっていくと思うから」
ふじニコニコキッズとふじ保育園では、さまざまな本物の楽器に触れることができます。世界的にも有名なサヌカイトや300個以上保有するという和太鼓、マリンバなど…。サヌカイトとは、珍しい自然石を使ってつくられた石琴で、上品な音を出す貴重な楽器です。
子どもから大人まで、誰もが通えるカルチャースクールも併設
子どもたちは、併設するカルチャースクールに通うこともできます。集団レッスンで行うヒップホップ、モダンバレエ、マリンバアンサンブルから、個人レッスンで行うピアノ、マリンバまでとラインナップも豊富。
教えてくれるのは専門の講師たち。保護者が一緒に参加できるレッスンもあります。14時にお迎えに来たら、そのままピアノレッスンを受けに行くこともできます。
保護者への支援にも力を入れる
ふじニコニコキッズでは保護者支援にも力を入れています。
将来の支援につながる、療育日報
ふじニコニコキッズには専門の療育日報があり、保護者が毎日子どもの様子を書いて提出します。複写式になっているため、1枚はニコニコキッズ、もう1枚は保護者が保管できるようになっています。
ニコニコキッズは一人ひとりの状態を把握でき、保護者は日報を日記代わりに保管できる、どちらにも実用的な日報です。保護者様への日課報告欄には、音楽教育に力を入れているニコニコキッズらしく、メロディオンや美しい姿勢づくり(発声法、うたなど)など音楽で使われる用語がたくさん載っています。
日報を保管しておくことで、幼稚園・保育園へ移ったり、小学校入学の際に連携する資料としても役立ちます。
保護者面談はいつでも受け付け
保護者面談はいつでも受け付けていて、困ったことがあったときは何でも相談可能です。教室の様子は、面談室にあるモニターで確認できるので、普段の子どもの様子を確認しながら面談できるようになっています。
ふじ保育園との出合いで救われた溝井さん。ふじニコニコキッズで実現したいこととは?
溝井さんの息子さんには重度の自閉症があります。お子さんとの向き合い方に悩み、うつを患っていたときに救ってくれたのが、ふじ保育園でした。
ふじ保育園は、うつ病で就労ができない状態であっても、認可外なので受け入れが可能でした。また、「世の中は、障害のある人もない人も混じっている状態が普通」という園長の考えから、障害のありなしで受け入れの判断をしませんでした。息子さんは保育園で、のびのびと過ごし、その後地域の小学校に進学後も、保育園時代の仲間に支えられて成長していったそうです。
成人した息子さんは現在、さをり織職人としてアトリエを構え、作品を紡いでいます。
ふじニコニコキッズ開設への想い
溝井さんはうつから脱した後、「チューリップ元気の会」を立ち上げ、発達障害や学習困難がある子どもの保護者が交流できる場所をつくる活動に取り組んできました。そして昨年、ふじ保育園の会長・畠山國彦さんと再会します。畠山会長はふじ保育園の創設者であり、息子さん在園中に園長をつとめていました。以前から障害のある子の療育に関心を持っていた畠山さんに施設開設を提案し、ふじニコニコキッズ開設に至りました。
溝井さん「ふじニコニコキッズのスタッフは、社会福祉士やTEACCHの知見がある保育士など、専門性を持っています。そういったスタッフが一人ひとりの課題を丁寧に見極め支援しながらも、普通の保育園や幼稚園のような「普通の保育」をしてあげたいと思っています。
親御さんたちの相談にも乗りながら保護者も支えていきたいと考えています。この施設は、9時半から14時までと半日預かりです。お子さんに「最適な専門家による、普通の保育」を提供するだけでなく、日々お子さんに向き合う親御さんにも、半日というある程度まとまった時間、自分だけのために過ごせる時間が必要だと感じているからです」
そう語る溝井さんの挑戦は始まったばかり。音楽を通して子ども達の「やりたい」を育み、体や心の育ちを支援する。最適な専門家が一人ひとりに寄り添いながらも「普通の保育」を行う、ふじニコニコキッズ。その挑戦の先には素敵な未来が待っているのだろうと思えました。
取材・文/皐月麻衣
写真/鈴木江実子